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2月4日(土)予定を15分遅れでp.6:40〜8:05上演(内休憩10分)終わりの挨拶5分、計1時間30分
その前の予定‐福森入りゲネプロ 氣合わせに舞台集合p5:45 チケットソウルドアウトで当日券発行を待つ人達は、予約販売場内整理をひたすら待っていただく光景は、寒い中本当に申し訳なく思う。これも、私が出演せず受付周りを見れるので、感じれたこと。 それ程、場内には大入りな観客に囲まれて初日を開ける。 上演では私は一観客として大いに楽んだ。 思わぬ観客の特に子供へ大受け取っていたシーンに、改めてこの戯曲の狙いが手に取るようにわかり、自分の感性がまだまだなのに気付いたり、と大いに満足な出来だ。 福森に牽引され確実に、役者達は力量を格段に上のレベルに発揮してくれた。これ程、主宰・演出としては嬉しいことはない。 福森も立派な姿を最後まで見せてくれ、大いに頼れる長老の風格を示してくれ態変の看板役者だ! 終演後ロビーへ出ると、観客の反応も凄くいいもので、なんだか伸び伸びしている印象。弾けているのだ。それでいて、しっかりと足が地に付いている悦びにそここが溢れている。 私は多く観客に声をかけられ握手をしたように思うが、いろんな貴重話しだが多すぎて、その場を過ぎると思い出せず、誰か横で記録して欲しいといった具合。しかし、はっきり言って疲れた。観客の感想を聞くのがこれ程多いとやはり、舞台へ出るのと同じぐらい疲れものだ。程々にするべし、と自分に言い聞かせる。 何れにせよ、うれしい悲鳴、である。
昨日の場当り予定より少し遅れて6時過ぎ、介護者の車に乗っけてもらって寒い中大助かりで、ホール到着。福森以外の役者はせいそろい。
● 場当り- 7時過ぎ〜9時半 美術の舞台位置確認にインターネットでやったのが、やはり奥行きが取れずに、現場で変更。 シーンでは演出でも、思わず笑ってしまう。観てのお楽しみなので、詳しくは書かないが。 純粋に演出だけに徹するというのは初めてのことだ。作・演出と舞台役者を両方やるのと、今回の役者をやらずに演出をやるのとでは、全く気持ちの持って行き方が違うという経験をしてる。 演出に徹すると、役者の度量へある程度突き放したもののみかたになるので、ある側面では楽である。 両方の場合は、演出することが、自分の役者としてのコンデションと役作りを、他の役者演技とを同じ線上にとらえるのできつい面があるんだ、と改めて思う。演出だけってこんなに楽なんだ、と不謹慎にも感じる次第。だから、場当りで思わず笑けたりするのだろう。 でもやっぱり、態変の一番のファンは私やで、と自認する。そう思いながらニヤケる余裕が、昨日のホール入りでようやく出てきた、ということは何よりも役者の精神衛生上には一番なこと。 さて、今日は初日で明日はもう楽日という短さではあるが、お昼に福森を入れた昨日の場当りを開始し、夕刻には観客をお迎えする。ドキドキ!
2012年2月3日
(まいど尻切れトンボになってしまう、ブログ公演記録。締めはやる気はあるんだが・・・。) アイホール、今日から3日間お世話になる。 昨日の夜、今回公演2日ともチケット完売、を早々に決め。 ● 入り日、仕込み・場当り 当初、福森が体調をはかり2回公演が無難、と決めて今日は仕込みだけで場当りとかはなしの筈であった。しかし今日に他の役者だけでもホール入りし場当りし、明日の本番前のリハーサルで福森を迎えれるよう下準備することになる。 驚異的な福森の、癌との闘いというか共生というか、この公演に向けての自己のテンション維持である。実のところは、放っておくと埋もれてしまいそうになる体を、必死に自分の舞台を務める気力を奮い立たせてるように、鬼の演出をやっている。 すると、驚くことに見る見る福森の顔がこちらの世界へしっかりと戻ってきて、シャッキとしてくるから、恐るべし役者魂!である。やはり痛み止の薬を本人、不安なのでついつい飲み過ぎてしまって、そのせいで頭が朦朧としているらしい。 別段癌自身はそれ自体で急を要する様な、急変させる病気ではない、と私は考えている。ので、ある意味癌と付き合う日常がありそれをつかむことでやりたいことは何でもできるし、特別にしない方が返っていいのだと考えている。 周りの期待に応えたいとするのは誰しも大なり小なりはあるし、役者となれば最大に大見得切りたい、というのはサガである。観客がチケット完売になるほど、福森を観たいと思ってくれる。これは、もう役者冥利の極みである。これに味をしめ、また舞台へ身体を乗せれるように、癌へもおとなしくなっていただかないと。
10/15(土)開演15:00
今回はわずか3回だけの公演で、しかも野外でのテント公演では絶対にありえない、お昼間の公演が2回である。今日からお昼でもう明日には終わりの楽日。もう少しやりたいところだがアイホールが、提携なので基本ホール代は掛からないがその代わり今年から、チケット料金×客数の1割+公演回数という支払いが生じるため、公演回数を多くするとそれだけ観客が見込めない場合は、大赤字が劇団に降り掛かるシステムになったので、回数を多くするのを避けたという事情だ。 昨日の初日は、新作『喰う』がネオ抽象としてある態変の作品を、観客の前に提示しどう受け止められるか、へハラハラどきどきで磨きを掛けた子供を社会へ問う怖さであった。 シーンが全て終ってから役者紹介に並び代えを大急ぎにやり、正式に挨拶を待つ薄明かりで、頭を下げると観客からの拍手がとても大きく鳴り響き全く止まる気配がなく、戸惑うほどの、好評の印で嬉しい限りだった。 終演後に私はいつもしないレオタード姿でホールを出ての観客へ挨拶する、という突発的行動に走った。それをもっと観客を近くに実感したい、と思ってロビーに出ホッとした訳である。 そうして中日である。 昨日の観客反応でアンコールの用意をすることにした。開演前袖中スタンバイ直前での舞台上氣合わせのときに、みんなへアンコール打ち合わせをやる。いつものように一端袖中へ引っ込んで観客拍手が鳴り止まないようなら、袖から躍り出るのではなく今回は舞台上にいたままで、一旦薄明かりに落とした後で、観客からの拍手が鳴り止まずアンコールへ移行していると私が判断すると、音楽の伊東さんへ合図を送ると伊東さんからピアノでショパンの「雨だれ」が彈かれ出す、という手筈を確認。 さあー、緊張の『喰う』2回目公演。 昨日より観客は若干減り、前の座布団の桟敷は誰も座っていない様子は、地続きの演技スペースからは受け取れた。だけど私の「充月」のソロ終わりで、微かに拍手が起こる気配が伝わるが、周りの反応で抑えられた様子。今回いつもの態変で使う袖の形を変えた。それが、立体感の出る良い感じの袖幕になり、しかも死角が出るものになったので、私は袖中から比較的舞台が見やすく通りに支障のない位置を、黒子に確保してもらい、そこで舞台上の展開を見守ることにした。好きなシーンはワクワクしながら見守る。 そして終わりに近づき、黒子によって挨拶への並び替えが終り、頭を下げる。すると嬉しい観客からの拍手が渦巻き、役者紹介共演者紹介が終わりもう一度深く観客へ感謝の頭下げ。と、間髪入れずで、「ブラボー!」の声が出るではないか!! これはダンスの賞賛で出るもので、天にも昇る気持ちで、直ぐに伊東さんへ合図を送る。 外にこの日も出る。知り合いが感想を言ってくれ最後まで残りパンフレット購入してくれた物に、伊東さんと私のサインを求められやる。この日も良い観客に良い舞台とさせていただく。 感謝である。
10/14(金)
初日開ける。大盛況であった。良かった。今日それよりも少なければどうしょう、という変な心配がよぎるが、苦労性は辞めて、素直に喜ぶとする。 私は気になり、レオタード姿のままで挨拶に出て観客の反応をご挨拶しながら聞く。評判も上々で、一安心である。 帰宅すると、鷲田さんからもメールでアフタートークへの私からのものに、返事が入っていた。 明日の楽日の助走も上々! 今日は中日だ、しっかりと楽しもう。
満員御礼の124名。作品としても外へ出てみて観客の反応を見るが、いろんな人はいるものの、知り合い関係には総じて好評。特に今回はじめてお会いした情報誌に劇評を書いてもらっている広瀬さんは、すごく気に入った様子で興奮され、これまでのストーリー性の具体を通したことにより、抽象表現がその意味を持つ、ということが良く判った。というようなことを言ってくださる。
久々の態変の抽象舞台表現が取り敢えずは好評を得られ、ホッと一安心である。 この公演は尻上がりに、もっと観客に見届けられないければいけないものだ、と何故か直感でそう思う。
10/13(木)
テント公演が秋では、ここんところの態変であった。秋のホール缶詰は本当に久々だ。 昨日のアイホールでは、場当たり・私のシーンだけの抜き取り・私の演出として前で見る最後の通し稽古、といった超ハードな日。 役者にとって多い人で3回は出ている状態、私にとっては演出と出演の両方をしかも公演前の演出2回で、抑えるべくものへの目と頭フル回転、といった一番きつい緊張ある場当たりであった。 今回音楽をご一緒していただく伊東乾さんは、全部の音楽をご自身の作曲とピアノ演奏での『喰う』へ、全身全霊で舞台へ投入していただいている。このように態変と出来る、クラッシクと現代音楽をやられる音楽家は稀有な存在だ。 とても態変にとって、貴重で光栄な経験をされてもらっている。 昨日も黒子に、音楽の伊東さんに関わる、決定的なミスがあり空かさず「素人とは、やりませんから」と、バシリ! 私のように声を荒げずに、一発で聞くきつい一言で端的に仰る。 プロの仕事への厳しい立ち位置は、本当に我々も求めていながらもなかなかそうならない所で、私は常に嘆いている一つだ。 どうしても付きまとってしまいがちな、障害者と一緒にやっている健常者スタッフにある、障害者と付き合っているという自己への許し、が詰めの甘さになるということだと私は感じている。 今回のように態変にとって、異分野として共演者を迎えてやる公演は、大野一雄先生依頼である。しかも今は世代交代で経験浅いスタッフが殆んどといった具合で、所謂大人がいない、態変の裏方の層の薄さとでも言おうか・・・。 しかしそこのシビアな面を、伊東さんには申し訳ないが、懇切丁寧に言っていただけご指導いただいている、こちらにとってはまたとない機会である。 伊東さんは、クラッシク演奏の現場の第一線で、指揮者なのである。ドイツでもお仕事をされ、自身の演奏グループも持っていて住居もあり、日本でも勿論東大の准教授として研究室を任される仕事人で、二カ国を行ったり来たりで活躍は執筆の本も多く、超多忙なかただある。 執筆の本はオームからアフリカそして昨年に岩波からの発刊でずばり「指揮者の仕事」といった、多方面にアンテナがありそれも入り込むととことんのところまで深く、現代にとって最も必要なしかし誰もやりたがらない重要ポイントを押さえれる方として、私にとっては、今どきそういないであろう本物のマルチ人間だと思い、信頼を置ける人である。 美術の塚脇淳さんといい凄い人芸術家とご一緒させている『喰う』の舞台作りは、私は総合演出家として空間構成をやりたいので、態変の身体へ肩入れせず、互角に鉢合わせさせたいところ。
昨日ホール入り仕込みができた!
今回のホールは幕作りから、東西幕をやめたので、非常にシュッとシャープな重苦しくない荘厳さが漂い、そこからどんな身体が舞台を創りだしてくれるのか、きっと観客は胸を踊らせ期待し見守ることだろう。 そこへ、塚脇淳さんの鉄の美術・伊東乾さんのピアノが揃い、態変の身体と拮抗する緊張感になった。 塚脇さんは5~8時まで3時間ほどをかけて大きい美術のセッティング、奥の這うような寝た美術を助手の人とこちらのスタッフ(貴田頑張ってた)総出でいえやっと設えを終えられた。その後が、恐ろしくゆっくりといろんな角度からの入念な、厳しい眼差しでその美術の全体への居方を確かめる。 塚脇さんは、その作品は初期の頃のもので表舞台に出せる機会を得て非常に嬉しい、と仰っていただけ「この作品は、”過剰でなく本質的でストイックな作品”。それはきっと態変の身体性と通じる所があると思います。」 と16日に観に来られるのを楽しみにしています、と言い残され、愛し子を我々に託されるようにして、ホールを後にされた。 大きい方「鉄のかたち」と小さい方「地表から」は塚脇さんが今回の為に手で面取りを丁寧にしていただけ、我々役者の身体が触っても刺さらないようになっている。 さて今日はきつい場当たりとなる。 伊東さんの音楽と照明・美術、舞台の袖幕扱いシーン采配の黒子、オブジェ的釣り物、そこに始めて役者の作品を空気から創りだす身体表現を立ち現す日である。 全体を全部身体へ取り込み、この作品を感じ作り手としての入魂をし、シビアな舞台へにして行きたい。 ![]()
今回の宿は全くネットがなく、ブログに事欠いている。合間の環境で初めてのハジャセンターで送信。
8/31 1時30分事務所到着、原・井上・後から追いかける田計に見送られ、荷物のために用意された中山運転貴田同乗の福永さんに借りたワゴン車で、出発45分ぐらい。関空到着2時36分。 福森・楠本・上月・望・犬山・田計・貴田・金、8名。搭乗手続きで、福森がジェルで引っかかり時間少し取られるが、大きくは遅れず搭乗も初めで行ける。5時40分発予定を14分程遅れで大韓航空は飛ぶ。7時10分頃に仁川空港へ着陸。 ワゴン車2台で舞台美術も多く持ち込みの荷物も全部積み込み、メンバーも乗り一路今回の宿、セドンモーテルへと。 宿は今回のホール南山国楽堂の至近距離の安宿。韓国の裏の顔の路地にある、地元の人しか分からない所だという。 明日からの合同稽古会議(小山・小泉・貴田・金)p11:40~12:40までやって、風呂へ入ろうとするとお湯が出ず取り止め。
昨日の『ファン・ウンド潜伏記-更なる旅へ』稽古、みなさんお疲れ様。
韓国での古典民俗芸術家の現在中核を担う方々の朴キョンランさん、李潤石さん、鄭・ヨンマンさんの3人が、今回の劇団態変ソウル公演では客演として勢揃えする。 という事態は、韓国の民俗芸能界での、ちょっとしたセンセーションとして受け止められていることでしょう。 そうだからこそ、昨日に来たソウルからの一報では、音楽をやる若手楽士(歌も含め)さんたち総勢数20名は下らなくなる見込みです。 凄いものに触れることのできる舞台、への直感は韓国の芸術家たちは昔から常に、本物と出会える場を探し求めてきました。 <その現場にきっとなる>そう思い、朴さんも態変へ再演の申し入れをされたのだと思います。 そして4年前に陳さんの手引きにより私と直接お会いしている、鄭ヨンマン氏が、非常に珍しくソウルへ出向いて出演される今回だ、ということ。 客演のお三方の民俗古典芸術家たちが、態変の公演へ呼応するということは、きっと韓国での大きい波となり古典と現代も吹っ飛ぶ異次元世界へ誘うものと求められているのを感じます。 今回の公演タイトル『ファン・ウンド潜伏記-更なる旅へ』にしています(多分。韓国チラシがまだ出来あがっていないんで・・・何ともですが)。今年3月にこの作品の公演したてでの再演へは、韓国マスコミに注目しやすくするのに、タイトルを少し変える方が効果的ということで少し変えました。 それにしても、少しではなく3月公演のソウル・固城のどれよりも、見たことのない『ファン・ウンド潜伏記』として新たな様相に、来たる9月南山国楽堂『ファン・ウンド潜伏記-更なる旅へ』公演になるのは間違いなしです。
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